聖地は壊すことが出来るのか?
常々思っていることがあります。
それは、
聖地は壊すことが出来るのか?
です。
日本の場合、聖地は長時間に形作られた絶妙な自然の摂理で成り立っています。
それは、簡単に壊されてきたのではないでしょうか。
もちろん、神社がまるごと棄却され、そこは宅地化されることも。
ということは、自然信仰をしているとされる日本人は、自ら日本の神様を易々と殺してきたのではないか?と思えるわけです。
神様を讃えながら、神様を殺し続けていること。
神様を殺していることに気づかないこと。
何やら、不思議な気持ちです。
聖地が聖地として戻るのには恐らく相当な時間がかかります。
そうなると、神様って何なのか?と思わされるこの頃です。